自動車産業が街を作った時代
三菱自動車レムチャバン工場(1992年・1996年・2012年)
前編でご紹介したレムチャバン港の稼働は、日系自動車産業の進出を大きく後押ししました。その代表例が三菱自動車です。公式発表によると、レムチャバンにある第1工場は1992年に開設され、その後1996年に第2工場、2012年には第3工場が追加されました。20年にわたって段階的に生産能力を拡大してきたことになります。
港が整い、部品の輸入や完成車の輸出がしやすい環境が整ったことで、シラチャ周辺は自動車メーカーにとって理にかなった立地になっていったと考えられます。
トヨタの生産拠点は、実は別の街にある
タイの自動車産業といえばトヨタを思い浮かべる方も多いと思いますが、トヨタの公式発表によると、サムロン工場は1964年、ゲートウェイ工場は1996年、バンポー工場は2007年にそれぞれ生産を開始しており、いずれもシラチャとは別の場所に位置しています。シラチャの自動車産業史を語るときにトヨタの名前が挙がることもありますが、生産拠点そのものはシラチャ内にはない、という点は混同しないよう整理しておきたいところです。
日本人街としてのシラチャ
シラチャ日本人学校の設立(2009年)
自動車産業の集積とともに増えていった日本人駐在員とその家族。生活基盤として大きな節目となったのが、2009年の泰日協会学校シラチャ校(シラチャ日本人学校)の設立です。1956年設立のバンコク日本人学校と一体運営されており、教育課程や教材、校歌までも共通しているそうです。バンコク校が約2,200人という大規模校であるのに対し、シラチャ校は約400人規模。街の中に「子どもを育てながら働ける場所」としての基盤が整ったことは、日本人コミュニティが根づく上で大きな意味を持っていたと考えられます。
地域に根づく伝統行事と食文化
シラチャは日本人街としての一面だけでなく、タイの地域文化が息づく街でもあります。たとえば、ソンクラーン(タイの旧正月)の後に行われる「コンカーオ」という伝統行事では、食べ物を供えて祖先や霊を慰め、地域の人々が集まる習わしが今も受け継がれています。
シラチャ名物として知られるチリソースは、地域資料でも海産物の食文化と結びつけて紹介されています。誰が発明したか、どの店が最も古いかといった話は裏付けが取れていないため、ここでは「海産物文化と結びついた調味料」という位置づけにとどめておきます。
変わりつつある産業地図:EVメーカーの進出
中国系EVメーカーの相次ぐ工場開設
2020年代に入ると、シラチャ周辺の産業地図に新しい動きが加わります。BYD(2024年7月、ラヨーン県)、GAC Aion(2024年7月、ラヨーン県)、Changan(2025年5月、ラヨーン県)と、中国系EVメーカーが相次いでタイに生産拠点を構えました。いずれもシラチャ郡の外、隣接するラヨーン県に位置しています。あわせて、SAIC-CP(上汽通用五菱の合弁)はチョンブリー県内でEV完成車の生産(2023年11月)とEVバッテリー組立工場の稼働(2023年10月末)を開始しています。
各社が公表している「年間生産能力」(BYDは年15万台、GAC Aionは年5万台など)は、あくまで公表値です。実際の生産・販売台数を示すものではないため、記事や資料を読む際は「稼働している」ことと「フル稼働で生産している」ことを混同しないよう注意が必要です。
SAIC-CPが手がけるMG4は、ブランドとしてのMGはイギリス発祥ですが、タイでの生産事業は中国・タイ合弁によるものです。同じ「MG」という名前でも、生産の実態は中国系資本によるものだという点は、記事で扱う際に押さえておきたいポイントです。
EV政策の調整と、その後の動き
こうしたEVメーカーの進出を後押ししてきたのが、タイ投資委員会(BOI)によるEV優遇策です。2025年7月、BOIは国内生産の義務要件を緩和し、輸出向けEVの取り扱いを広げる調整を行いました。この見直しにより、タイのEV輸出は2025年に約12,500台、2026年には約52,000台まで増える見込みとされています。
なお、その後2025年11月には、供給過剰への対応として、輸出向けEV1台を国内生産義務1.5台分としてカウントする仕組みへとさらに調整が加えられています。EVをめぐる制度は短いスパンで見直しが続いているため、この記事の内容も「2025年時点の動き」として捉えていただければと思います。
デジタルインフラの新しい波
Google・NTT・DayOneのデータセンター投資
自動車・EVに続き、近年目立つのがデータセンターへの投資です。Googleは2024年9月、バンコクとチョンブリーのデジタル基盤に10億米ドルを投資すると発表しました(この金額はクラウド基盤全体を含むもので、チョンブリー単独への投資額ではありません)。シンガポールに本社を置くDayOneは2025年3月にチョンブリー・アマタシティでデータセンターの起工式を行い、稼働開始(RFS)は2026年を予定していると公式に発表しています。
NTTも2026年7月、チョンブリーで「Bangkok 4」データセンターキャンパスの起工式を行いました。タイ国内では4拠点目にあたり、富士電機と共同で進める変電所の起工も確認されています。エネルギー供給(稼働)開始は2027年第2四半期を予定しているとのことです。
自動車の街として歩んできたシラチャ・チョンブリー地域に、デジタルインフラという新しい産業の波が重なってきていることがわかります。
Google Cloudバンコクリージョンは、別の話
ここで少し整理しておきたいのが、2026年1月にGoogle Cloudが発表した「バンコクリージョン」の開設です。これはクラウドサービスとしてのリージョン開設であり、チョンブリーに建設されている物理的なデータセンター施設とは別の出来事です。「Google」という同じ社名が出てくるため混同しやすいのですが、サービスの話と施設の話は分けて捉える必要があります。
まとめ:漁村から国際産業都市へ
漁村から国際産業都市へ
前編・後編を通じて見てきたように、シラチャは漁村から製材業の街へ、そして港湾都市、日系自動車産業の集積地へと姿を変え、今では中国系EVメーカーやデータセンターといった新しい産業まで受け入れる街になっています。100年以上にわたる積み重ねの上に、今のシラチャの街並みがあるのだと思うと、日々目にする景色や、隣り合う工場・オフィスの存在にも、また違った見方ができるのではないでしょうか。
今後もシラチャの街には新しい変化が加わっていくはずです。私たちも、この街で暮らし・働く一人として、その歩みを見守っていきたいと思います。