Vol 3. TRUEとDTACの合併はモバイル通信史のターニングポイントになるのか?

Vol 3.  TRUEとDTACの合併はモバイル通信史のターニングポイントになるのか?

昨日、TRUEの重役と会食に行った。ここ1年特にTRUE社員の離職が甚だしく何か匂っていたのだが、そんな折に、TRUEとDTACの合併というビッグニュースが舞い込んできた。事業再編と人員整理は粛々と水面下で執り行われていたようだ。TRUEの中の人は、周りの騒ぎっぷりに逆に驚いているようで、最近M&A多すぎて麻痺している、という感じだ。

当局から合併の最終承認が降りたら、タイの通信業界はまたひとつ大きなうねりが起きるだろう。そこで今日は、タイを取り巻く通信業界、携帯キャリア史について、少しだけ振り返ってみようと思う。タイのキャリアは、AIS、TRUE、DTACの3社と思っている方も多いと思うが、実は他にもあったりする。

元々はMVNOのような始まりだったAIS、TRUE、DTAC

タイの携帯電話事業は、固定電話などを展開していたTOTと、郵便事業などを展開していたCATという2社の国営企業により独占提供されていた。その後、2000年代半ばに通信事業が自由化され、TOTの周波数帯をレンタル提供するスキーム(正確にはMVNOでなくBTO方式)でタクシン氏率いるAISが営業権を取得した。その後、ノルウェーの通信キャリア・テレノールのDTAC、タイ財閥大手のCPグループのTRUEが同様のスキームでCATと契約する形で誕生した。実は、このAIS、TRUE、DTACのみがタイの通信キャリアと思われているが、TOT、CATも通信キャリアとしてまだサービスを継続している。もちろん、契約することもできる。今では、この2社合わせてもシェア4%未満、と言う状況で、今年の初めにTOT、CATが合併してNational Telecomという通信キャリアが誕生した。満を持して感はあったが、話題性も低く、現時点であまりシェアを伸ばすことに成功しているとは言えない。そこで、かつてのように民間企業と手を組む形でのシェア拡大を目論んでおり、MVNOに対しては積極的だ。

タイには10以上のサービスブランドが存在する

少し詳しい方ならご存じの方もいると思うが、Line モバイル(後にFinnモバイル)、gomo、Penguin SIM、iKool、Feelsというブランドもある。これらはMVNO(日本で言うところの格安SIM事業者)、またはキャリアのサブブランドである。Penguin SIM、iKool、FeelsというのはNational TelecomのMVNOである。実は、TOTのMVNOは、当社にも話があったが3Gしか解放されていない点で諦めた。今後、5Gを解放していくニュースはあるが、不透明な状況。

Line モバイルは、多額のマーケティング予算もかけてシェアを獲得し、若い世代を中心にシェアを拡大している。実は、LineモバイルはMVNOと思われているが、DTACのサブブランド、と言う特殊な建付けだ。しかし、このスキームに対して批判と反発が相次ぎ、立ち上げ当初はかなり揉めていた(普通に考えて、ライセンス事業を別会社がサブブランド提供、というのはおかしな話だ)。DTACの完全子会社DTNに運営を移管し、その過程でブランドも変え(現在はFinnMobile)、丸く収まったようだ。

これに対抗して始まったのが、キャリアのサブブランド、gomoなどである。日本ではドコモが若年層をターゲットに、オンライン専門の格安サブブランドahamoを打ち上げて話題になったが、実は、タイの方がその流れは早かった。Lineモバイルが台頭したあたりから、AISも対抗する形でgomoというサブブランドを打ち出した。実は、この5年くらいに、AIS・TRUE・DTACの各社から、セグメントを切り刻んで結構な数のサブブランドを生み出しては消えた歴史もある。

参照:各社のシェアなどはここで確認できる。

Thailand’s Mobile Market as of Q1 2021

https://www.yozzo.com/insigts/thailands-mobile-market-as-of-q1-2021/

当社のことも少し触れられている。(当社は正規MVNOライセンスを取得)

a2network (Thailand) Co., Ltd. is reselling SIMs from AIS and TRUE, bundled with its own brand “Berrymobile” to Japanese visitors and expats in Thailand.”

 

 

潮目が変わった2100MHz電波オークション

2010年台前半くらいまでは、タイ自体がまだ混沌としていた状況だったこともあり、かつTOT、CATが周波数帯を独占していたこと、マニアックな周波数帯で引っ張っていたこと、帯域使用料(売上の30%?)が高すぎて民間キャリアの資金が設備投資に回らなかったこと、周波数ライセンス期限が迫っていたこと、などの要因が重なり、3Gの波には他国より完全に出遅れた。

2010年代中頃、タイのモバイル通信の民主化に大きく寄与したのが、この時に実施された電波オークションだ。国営企業に独占されていた主要周波数帯である900MHzと1800MHz、4G本命の2100MHzの民間開放入札が始まり、各社とも積極的に資金を集めて獲りに行った。2100MHzは民間キャリア3社ともほぼ均等に獲得でき、900/1800MHzはDTACのみが落札を逃した。結局、DTACは1800MHz帯、850MHz帯をCATから借り受ける契約を継続する形で何とか3大キャリアのポジションに踏みとどまったが、あの時の高騰しすぎた落札額を考えたら、降りるのも無理はなかった。実際にTRUEは財務が逼迫して、このオークションの後に株価は急落し、資金の大部分を中国資本に頼った。

本命の2100MHz帯を獲得した全キャリアは、法外な帯域使用料の支払いも不要になったため、基地局の設備投資に一気に資本投下した。私は、この2100MHzオークションがひとつのタイ・モバイル通信史の大きなターニングポイントだったと思っている。この時期に3Gすら不安定だった状態から、一気に4G網が全国レベルで張り巡らされリープフロッグ現象が起きた。4Gの設備投資が一巡した頃は、「タイの方が日本よりネット早いよね」という声も聞かれるようになったほどだ。それまでは、バンコク以外の場所に行ったら、AIS以外はほとんど繋がらない、という時代が長かった。未だにお客様の中でも、タイ生活が長い方や、その時代を知る方は、AISの絶対信者は多い。今では3キャリアとも、4Gがほぼ全土で繋がる。

 

そして、複占市場へ?

通信事業者は、設備投資が重く、国家資産である周波数帯を割り当てる先となるので、ごく限られた大企業のみが認められる。よって、モバイルキャリアは3~4社の寡占状態の国が多い。そして、どの国も一部の寡占企業に富が集中することや、談合的な価格設定に反発が多く、対応に迫られているのも事実だ。競争促進のため、フランスなどでは、キャリアに対してMVNO受入義務を課して、電波オークションの際にMVNOへの開放計画の提示を義務付けたりしている国もある。実は、タイも建前上は同様の方針があり、NBTC(日本の総務省にあたる行政組織)はMVNO事業者に対して開放するようキャリアに要請を呼び掛けている。私も若かりし頃は、キャリアから提供される条件が不当だと、何度もNBTCに足を運び、キャリアの上層部にも掛け合ったが、罰則規定も無いので前に進めるのはなかなか難しかった。

タイは、今回のTRUEとDTACの合併が最終承認されたら、実質、3社キャリア体制から、2社キャリア体制と移行することになる。最近、米国でSprintとT-Mobileの合併が、Softbankも介入したことで日本でも話題になったが、当局の承認が降りるまで2年かかった。米国の場合4社→3社なのでまだしも、タイは3社→2社だ。全く別の話だと思っている。2社独占状態のことを複占市場と言うが、競争原理が働きにくい極めて不安定な状態だ。お互いが、相手の価格や打ち手を待ってから反応する両すくみ状態となる。既にほぼ50%ずつシェアを分け合っているので、新規参入の余地も難しく、いわゆるナッシュ均衡状態となり、最終的には価格が高値で硬直化するシナリオも大いに考えられる。

 

タイ通信事業者のポテンシャル

合併後の単純合算では、携帯電話加入者数シェアが、AISが44%、TRUE・DTAC連合が52%となるが、時価総額は、現時点でざっくり、AISが約2兆円、TRUEが約5千億円、DTACが約3.5千億円。TRUEとDTAC足してもAISの半分にも満たない。財務を痛めながら、無理してシェアを伸ばしてきたTRUEと、CATの電波コンセッション問題を解消したいDTAC両者の思惑が、AISという共通敵に対峙する構図として合致した形が浮かばれる。

翻って、日本の3キャリア(楽天モバイル除く)の時価総額合計は、約26兆円。タイ3キャリアの時価総額は合計3兆円弱なので、半分の人口と考えて、少なくともあと3~4倍のポテンシャルはあるはずだ。今、タイのモバイル通信史の次のフェーズを迎えるターニングポイントかも知れない。今後、資本強化されたTRUE・DTAC連合がどういう相乗効果で発展を見せるのか、はたまたもう1社招聘してゲームチェンジャーが現れるのか、NationalTelecomなどの既存プレイヤーから第三勢力が出てくるのか、タイのモバイル通信市場の動向を注視していきたい。少なくとも政府が過度に市場介入して、TOT、CAT複占時代のような暗黒期には戻らないことを祈っている。

資金さえあれば、新興キャリアとして、当社が第三勢力やりたい。孫さん、お金ください。

 

 

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